もう夏の日射しか....
こんな日はブラジル気分で、涼しげなボサノバでも聞きながら仕事したいナァ....
ということで、iTunes Music Storeでこんなアルバムを購入。
ITMS Bossa Novaトップ
アルバム:Antonio Carlos Jobim Wave
やっぱし、ボサノバの定番といったらジョビンでしょう。
(^_^)
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こんな日はブラジル気分で、涼しげなボサノバでも聞きながら仕事したいナァ....
ということで、iTunes Music Storeでこんなアルバムを購入。
ITMS Bossa Novaトップ
アルバム:Antonio Carlos Jobim Wave
やっぱし、ボサノバの定番といったらジョビンでしょう。
(^_^)
このところサッカー関連のエントリーばかりで申し訳ないですが....
一昨日のエントリ−で書いたネットワークのことで、自分的には「多分UNIX系の基幹システムなんだろうな」と思っていたんですが、こちらの情報によれば、映像関係ではAppleのハード&ソフトが活躍しているようです。
先のトリノオリンピックでもこうしたシステムが活用されていたようで、今や好むと好まざるとに関わらず、こうした先端技術の恩恵にあずかって、視聴者は最新の映像を享受している.... という訳ですね。(^_^)
ただ、これに使われているデスクトップハイエンドのG5が、Intel CPUではなくPower PCというところが(まだ売られていないので当然ですが)、イイ感じです。
この秋辺りには登場するだろうIntel G5と次期OS X(Leopard)は、多分セットで出てくると見ているんですが、今後の製品ラインナップなどは、どうなっていくんでしょうね。
「W杯、ピッチの裏で繰り広げられるオペレーターの戦い」というこの記事。
なかなかオモテに現れない、こうした裏方の苦労話に興味を惹かれました。
衛星によるTV中継が地球全体をカバーし、現地時刻の何時何分に誰々がゴールを決めた!という情報が駆けめぐるこのイベント。 オリンピックでも同じ様な事なんでしょうけど、情報を得る側は、その裏にあるインフラや裏方の苦労なんかは知るよしもないでしょう。(苦労と共に利益もあるんだろう....って? 確かに(^_^;))
記事を読むと、ネットワークに二重三重のバックアップを備えたり、接続のポート数が約2万だとか、ピッチなどで使うことができる無線LANが600カ所以上用意されているとか、通常の規模を遙かに超えた運用がなされているようです。
一方で、すべてが終わった後には素早く撤収・撤去しなければならないという事や、運用中のネット攻撃に対する防御体制など、多岐に亘る“心配事”があります。
ところでこんなニュースもありました。 予選敗退した韓国内からFIFAへ向けて「500万人の抗議をして、対スイス戦をやり直させろ」とメールが殺到したそうで。(^_^;) これに対して、FIFA側は韓国からのメールを遮断するという対処をした様で、韓国の新聞も「FIFAの会長はスイス出身だ」とか書いているようですが、そこまでして判定を覆したいのかなぁ?(?_?) 日本人には判らない感覚ですね。
記事中にある「ワールドカップには世界中の目が注がれている。それだけに、万一ネットワークに障害が発生し、試合情報などが伝わらない、などという事態でもあれば世界中の人に影響が及ぶことになる。」という記述。
立ち止まって考えれば、世界中の【サッカーに興味のない人々】にとってみれば、そんなことはどうでも良い事にもなるし、一方には興味はなくても商売上何らかの関連があって、勝敗の行方が影響を及ぼす....なんていう人もいると思います。
こんな風に、試合情報が伝わらなくても一向に困らない層もあれば、それによって何らかの影響がある層もあって、それらも引っくるめてつくづく「情報化社会」なんだなぁ、と改めて思った次第です。
大敗を喫したW杯の対ブラジル戦。 最初からある程度は判っていたものの、こうまでコテンパンにやられると、ある意味小気味いい感じです。
要するに、日本の実力はまだこんな程度だった、ってことでしょう。
トーゴとかアンゴラとかのアフリカ勢と相対すれば決勝トーナメントも夢ではなかったと思うけど、組合せだとかその辺に助けられて決勝Tへ進んだとしても、一回戦ボツというのは火を見るよりも明らか。
マンガ家のいしかわじゅん氏も、自らのサイトでこう書いています。
【結局はまだ日本は力不足だったんだな。
それは受け容れるしか仕方ない。
トルシエでリーダーのいうなりになってある程度の結果を出すことを知り、
ジーコになっていきなり任されたけど、たぶんそれはまだ日本には早かったんだ。
トルシエとジーコの中間くらいの監督がほしかった。
ジーコは監督経験がなく、そこの隙間を埋めることができなかった。】
仰るとおりだと思いますね。
日本サッカー協会は次期の監督探しを始めているようですが、このまま外国人監督が続いて良いんだろうか、言葉の壁は今まで問題にならなかったんだろうか....という思いもふとよぎります。
いしかわ氏はこうも書いています。
【選手は最後までブラジル相手に闘った。
中田は凄かった。
3戦とも献身的に走り続けたのは中田だけだった。
世界標準に達しているのは、今の時点では中田だけだ。
4年後か8年後か、中田がもっと増えていることを期待して、
今回の日本にとってのW杯を終えよう。
さあ、明日からは、日本以外のW杯だ。】
そう、マスコミも「あそこで誰々がどうだったこうだった」とか、いじいじ戦犯捜しみたいな報道は止めて、世界レベルのファンタジスタ達の技を、タップリ報道して貰いたいものです。
それにしても、今回の予選リーグを見ていて思ったこと。
決勝Tへ進んだ国も進めなかった国もひっくるめて、経済的にはあまり表舞台に出ていない国が頑張って予選を突破し、ドイツへ集まってきていました。 あえて言えば「経済後進国」と呼ばれる地域の人々が、サッカーという運動能力を発揮して頂点へ上り詰める....これはこれで素晴らしい事だと思います。
中南米やアフリカの街角で、裸足で手作りのボールを蹴っている子供たちの中から、這い上がって世界の表舞台に立つ人たち。
そういうハングリーさが、今の日本チームには足りなかったということでしょうか。
決勝T進出は夢、さらにその先へ勝ち進むのは夢のまた夢....
いつか、夢のままで終わらない日も来るのかなぁ?(^_^;)
Mac Book Proを使ってこんな芸当が!
音楽に合わせてMac Bookのバックライトが明滅します。
スゴイ発想をする人が居たモンです。
大元の映像はこちら(www.youtube.com)から。
これを実現しようとすると、iTunesとMac book Pro(キーボードにバックライトが点くヤツ)が必須なんですが、実際はどうやるんでしょうね?(^_^;)
iTunesのビジュアルエフェクトが必要なようだし、なかなか大変みたいです。
しかし面白い!
So Cool!! (^。^)
クルマに乗っていて、前をゆくクルマにハリガネ的なアンテナが付いているのを見てふと気がついた。
そういえば「パーソナル無線」ってのがあったな....と。 太い黒の棒の先がオレンジ色になっているアンテナで、ひと昔前にはカー用品店やなんかで大々的に売られていたっけ。
それが今ではほとんど見かけません。 携帯がこれだけ普及してるんで使う人が居ない、てことなんでしょうか。 よく考えてみるとパーソナルにせよアマチュアにせよ、無線ってのは普通、不特定多数の人へ向けて電波を発射して通信するわけで、その辺が「特定の人へ繋がる」携帯電話と大きく違うってことでしょう。
何かで読んだけど、そういう無線仲間の間だけで通用する“ニックネーム”があって、それがまた「ホワイトローズ」だの「高速のオオカミ」だの、モノスゴクこっ恥ずかしい感じでした。
Wikipediaで調べてみたら「初期には、アマチュア無線機メーカーのほかにも、大手家電メーカーや音響メーカーが参入し、多くの機種が発売され、トラックなどに取り付けられることが多かった」
なるほど....
「しかし、使用する上で制限が厳しいためか利用者が減少し、無線機の売れ行きは減り、1990年代に入るとほとんどのメーカーは市場から撤退した。 2005年現在、パーソナル無線機を製造しているメーカーはない」とのこと。
ふーむ、やっぱり無線で話するってのは、タクシーのマネみたいな感じで面白くなかったんでしょうかね? 電話と違って話す相手も特定のグループ内だけって訳だし....。(^_^;)
てことは、今日見かけたアンテナ付きのクルマってのはアマチュア無線のそれだったんでしょう。
他にも、携帯が普及し始めた6〜7年前には、端末の性能が今ひとつだったせいか、クルマのリアウインドウに取付ける「電波増幅アンテナ」みたいなのも売られていました。
ところでパーソナル無線やアマチュア無線では、運転中に会話などしているんでしょうか? これだけ携帯が普及してきて、問題になってきたのが運転中の携帯使用。 それで事故が多くなって、警察も黙っていられなくなって法改正になった訳です。
コミュニケーションの形態も、いろいろ様変わりしてきてますねぇ....(^。^)
W3C勧告と世の中のOS占有率とのジレンマ
「Web標準」とか「W3C勧告」あるいは「HTMLとCSSによる正しいWebサイト構築」とか、様々に言われて久しいんですが、これらのことに細かく気を配ってサイトを作っても、それによってクライアントから高く評価される(=ギャラが上がる)....という事はまだまだ少ないです。
「あらゆる人に情報の機会均等を」とか「見た目がいいだけではダメで、様々な閲覧環境に即した表現」と言ってみても、そうした意識レベルの高いクライアントはまだ多くはなく、ほとんどが「見えればいい」「読めればいい」「目立てばいい」「派手な方が多くの人に見てもらえる」という意識のクライアントばかりです。 酷いところになると、画面上はキレイに文章が並んで見えているけれど、画像だけで構成されていて実際にテキストはほとんど無し、というサイトがあります。(しかも公共性の高い総合病院のサイトだったり (^_^;))
実際のところ、Web標準的にサイトを作れば検索エンジンへのヒット率が上がり、音声読み上げソフトなどにも対応できて、より多くの人に観てもらえるサイトになるということなのに、クライアント側はその実感が湧かないんでしょうね。
そういう状態の根底には、世の中の9割以上がWindows環境でネットを見ている、という事にもある訳で....
Win=I.Eという事だから、I.Eで正しく表現できさえすれば後は知ったこっちゃない、というのがホンネでしょう。 場合によってはWordやExcelで「Web形式で書き出し」をして、堂々とサイトで公開しているという酷い例もあります。
友人のブログが、表示テンプレートをカスタマイズしたらMacでの表示(正確にはSafari/Firefoxでの表示)がテキストだけの素っ気ないモノになってしまい、I.Eだとちゃんと表示できている状態に。(WinのFirefoxでも表示はNG)
これはもう、ブラウザのシステム的な理由(HTMLの解釈の違い)によるわけで、Web標準で動いているSafari/Firefoxがキチンと表示できなくて、Web標準からしてみると“異端”のI.Eだけが問題のない表示に....という状態です。(^_^;)
これを「異端が標準に勝っている状態」と見れば、ではどっちが標準?という疑問も当然湧いてきます。 そうなってくると、W3Cが勧告するWeb標準ってところにどんな意味があるのか....という話にもなってきますが、勿論上に書いた「検索結果」に繋がることは明確だし、市場シェアやムードだけで物事を測るのは危険です。
こういう仕事をしていると、クライアントとの打ち合わせの中に、こうしたWeb標準に関わる説明の必要が頻繁に出てきますが、それだけクライアント側は「そんなことは意識などしていない」という状況な訳ですね。
Webが始まった頃は「とにかく見えて、情報を発信できればそれでいい」的な発想だったものが、これだけ“星の数ほど”のサイトがある今では「より目立って、より多くの人(この場合Win/I.Eの人々)に観てもらい、PRに繋がって欲しい」という要求に変わってきています。
じゃ、いっそのことWin/I.Eでキチンと表示できる様なサイトを作れば良い?
いやいやいや.....
それでは少数派を切り捨てる事になって、企業姿勢を問われかねませんよ。
そんな会話を今日も繰り返すのでありました。(^_^;)
※次に出てくるI.E 7.0ではこのWeb標準に準拠している様ですが、搭載される予定のWindows Vistaのリリースが遅れているので、一般に普及するのはまだまだ先のようです。
去る16日に「MSビル・ゲイツ氏、08年7月に経営の一線引退」というニュースが流れました。
世の中の一般的な認識として「Windowsを作り出した天才的なプログラマ=ビル・ゲイツ」というものがありますが、それが大きな誤解であることはあまり知られていないと思います。
「なんでそんな根も葉もないことを!?」と思う向きもあるかも知れませんが、かつて公開された映画「パイレーツ・オブ・シリコンバレー」という作品がありました。(関心空間へのリンク) これは若き日のS・ジョブス氏と、マイクロソフトを興したビル・ゲイツ氏といった、ベンチャー達のサクセスストーリーと苦悩を描いた作品で、その中でゲイツ氏が無名のプログラマから「MS-DOS」を買い取る、というシーンがありました。
それ以降もMacのUI(ユーザーインタフェース)に似せたWindowsを発表したり、様々なMS外部の技術やソフトなどを買い取って、今の状況があるわけです。
そういう経緯を知らないまま、『PCの世界を席巻しているMSの会長で世界一の金持ちなんだから、きっと天才的なプログラマに違いない....』という幻想に後押しされて、今の一般的なビル・ゲイツのイメージがあるんだと思います。(私から見れば決してプログラマなどではなく、むしろ「天才的な経営者」と思うんですが違っていますかね(^_^;))
さてそこでこのニュース「ポストゲイツ時代を築く....」ですが、私からしてみればMSの経営者が変わるということだけで、その後のWindowsなどの開発には何の支障もない、ということでしょう。 取りも直さず、それはWindowsが今後も変わりなく続く事を意味し、巷に蔓延する「困った影響」も存在し続ける.... ということになります。(この「困った影響」については明日)(-_-;)
6/21追記:
IT media Newsで面白い記事を発見。
ゲイツ氏は“Windows Vistaが出来上がるのを見たくないから辞める”んだそーな.....(^_^;)
来たスパムに「User Unknown」的返送をするというメール対策を始めて、約一ヶ月とちょっと....
そのほとんどが「戻しても届け先が無いよ」と戻ってきてしまう状態になり、なんか徒労感ばかりで意味をなさないような気がしてきました。(-_-;)
AppleのDiscussion Boardsで検索しても、こちら側(Mail.app)での対策よりも、APIでのフィルタリングのほうが効果的....という意見が大勢を占めているし、ここらでその方法を変えてみるかな、と。
まぁ、スパムと言っても日に100通程度なんですが、ここ2週間ほどはMail.appのフィルタ(迷惑メール設定)もすり抜ける様になってきてます。 もっとも、この辺は自分がフィルタ設定をさぼっているという問題もありますが。(^_^;)
缶詰のスパムは塩っぱくて美味しい(ああ!沖縄行きてぇ....)けれど、こちらのスパムには食傷してます。
ということで、サーバーの設定も含めてもう少し研究せねば。
Apple製のBootCamp以外に、もう一つの選択肢が現れました。
こちらの記事「Macのシェア拡大の起爆剤となるか--正式版の登場が迫るParallels」によると、Intel Mac上でWindowsを使う手段として、Parallels社というベンチャー企業が「Parallels Desktop for Mac」という新製品を発表したようです。
MacでWinを走らせる方法としては、従来からエミュレーター(Virchal PC)がありましたが、多くの人々は速度的に満足できず、そこへこの春出てきたBootCampがあった訳です。 このParallelsは、OSレベルのエミュレーションではなく、Mac OSの上で仮想化技術によってWinアプリケーションを動かすのだそう。(この非エミュレーションと仮想化と、どう違うのかはよく判りませんが)
要は、Intel製のチップが搭載されているMacだからできるということ....らしい。(^_^;)
BootCampにしろこのParallelsにしろ、ハードウエアとしての魅力タップリのMacで、お気に入りの(あるいは必要に駆られて)Winアプリを動かしたい、という人々にアピールするモノだと思います。 確かに、MacBookに13万ナニガシか+Winノートに10万そこそこ....というコストと、Mac本体+WinXP OS+Parallels(79.99ドル)のコストを比べれば、後者のほうがかなり安い事になるし、2台ものノートPCを置くスペースを考えれば、答えは明白でしょう。
だがしかし....諸手を挙げて歓迎できないと思う私はへそ曲がり?(^_^;)
忘れてはいけないと思うのは、画面上で確かにWinアプリが動いてくれても、ユーザーインターフェースはMacのそれのまま、ということ。 2ボタンマウスを使っていれば、ある程度はWin的な使い方も出来ますが、そうでなければ(MacBookにはクリックボタンは一つ)色々と困る場面が出てくるのではないか、と愚考します。
特に私のようなウエブ関係の仕事では、Mac上で作ったHTMLやスクリプトが、Win上でどの様に表示されるのか?といった部分がいちばん気になる訳です。 WinXPになってかなり滑らかな表示になっていると言われますが、まだまだその画面表示は画面解像度も含めて、Macとの隔たりが大きいわけです。 さらにそれをMac上(正確にはMacのWin画面)で確認しても、全く同一ではないと思っていなければなりません。
「それなら、そういう仕事では使わなければ良いジャン」と言われてしまえばそれまでなんですが....。(^_^;)
仕事でWordとかExcel、PowerPointを使わなくちゃいけない立場の人には受け入れられると思いますが、爆発的な「Macハードウエアの普及」までは至らないんではないかと。
「番号ポータビリティ制度」は、意外とウケていないようで....
こちらの記事によると、番号ポータビリティ制度が発表された当初に比べて、携帯キャリア会社を変更しようと思っている人はずいぶん少ないようです。
この番号ポータビリティ制度は、「携帯の番号を移行できる」イコール「付加するサービス(メルアドなど)も移行可」と考えがちなんですが、実はそうではなく、実際は「番号だけ他のキャリアで使える様になってもメルアドは変更される」ようで、それだったら替える必要ないじゃん!と考える人が多い....という事なんでしょうね。
この国での携帯電話の使われ方はかなり特殊で、通常の通話だけでなく、メールでのコミュニケーションツールとしての役割が大きいと言うことでしょう。 「携帯は持っていてもPCは持っていない」という層が大勢を占めていて、実際息子のサッカーチーム内でも連絡板としてWebサイトを使っているんですが、携帯に対応(というかほぼ専用に)しないと活用できない状態で、週末ごとの活動連絡網も携帯メールでやっています。
携帯キャリアごとの満足度も色々あるんでしょうね。 たとえばこの長野県で言うと、シェアはドコモとauが競っていて、ボーダフォンはヒトケタ止まり。(確かに通話品質や繋がるエリアが限定されるなど、色々あります(^_^;)) 実際この春まではTU-KAだった私も、その繋がり方には閉口していたし(話によるとボーダフォンの基地局を借りているらしい)、auに替えられてラッキーでした。(勿論メルアドもそのまま)
ま、私の場合、月に数万も携帯につぎ込む使い方はしていないし、携帯の機能だってほんの一部しか使っていないので、最新の機能とか新サービスがどうのこうの....という方向には何も興味がないんですが、ね。(^_^;)
昨夜のW杯豪州戦は、まぁある意味予想できた結果ではないかと....(^_^;)
見ていて特に感じたのは、1点返されたあとの日本チーム全体の雰囲気。 何だかそれまでの動きとは大きく違って見えました。 その辺がニッポンの“精神的弱さ”かな....(^_^;)
報道サイトからいくつか拾ってみました。
(引用元:asahi.com)
【---日本のゴールは「誤審」、主審認める W杯対豪州戦---
日本—豪州戦で笛を吹いたアブドルファタハ主審(エジプト)が誤審を認めて謝罪していたことを、試合後に豪州選手が明かした。
問題の場面は前半26分の日本の先取点。中村のクロスを処理しようとした豪州GKシュウォーツァーに柳沢、高原が相次いでぶつかっていた。ボールはそのままゴールに入った。豪州側は直後にファウルだと抗議したが、受け入れられなかった。
AFP時事などによるとシュウォーツァーは「主審があの判定はミスだった、と認めた。あのゴールの5分後、主審に『どういうことなんだ』と聞いたら『すまない。あれは間違いだった』と言っていた」と話した。仮に主審が正式に誤審を認めても日本の得点が取り消されることはないが、主審は試合後、豪州のビドゥカ主将にも「あの判定が結果に影響しなくてよかった」といったという。】
【---日本代表の敗戦に厳しい評価 各国メディア---
W杯初戦でオーストラリアに敗れた日本について、各国メディアは厳しい評価を下した。
▽ブラジル
元ブラジル代表で日本代表監督の経験もあるファルカン氏が「怖い相手ではない」と指摘するなど、22日に対戦する日本への警戒心は緩んだようだ。評論家のバスコンセロス氏は、リードを守りきれなかった日本の「試合運びのつたなさに非常に驚いた」とあきれた様子だ。
別の評論家は後半、相手ゴール前で高原のパスを受けた柳沢の力のないシュートが象徴的だったとして「あれを決めれば勝利は間違いなかったのに」と嘆いた。
▽イタリア
スポーツ紙ガゼッタ・デロ・スポルトは日本の積極性のなさを指摘。一方で、各メディアは主審の重大なミスが2度あったと報じた。
一つは日本が先制した場面のGKへのブロック。1—1の終盤にケーヒルがペナルティーエリア内で駒野を倒したが、反則を取らなかった判定も「PKだった。最悪の審判ミス」(コリエレ・デラ・セラ紙)。ANSA、ガゼッタ紙も同じ論調で幻のPKを惜しんだ。(共同)】
うーん、なるほど。 ここまでキッパリ言ってくれた方がいいですね。
日本の報道機関の場合、どうしても「勝ってくれ!ニッポン」の頭があるから、こういう感じの冷静な分析が出てこない。
【---視聴率は関東で49.0% W杯オーストラリア戦---
NHKで12日夜、生中継されたW杯サッカーの日本—オーストラリア戦の視聴率が13日、ビデオリサーチから発表された。関東地区は49.0%、関西地区は44.3%、名古屋地区は45.9%、北部九州地区は38.0%だった。
サッカー中継の最高視聴率は、02年日韓大会の日本—ロシア戦(フジ系、関東地区)の66.1%。今回は史上7位の視聴率となった。
関東地区の瞬間最高は午後11時36分の61.2%。中継したNHKによると、後半、柳沢敦選手が交代した場面という。】
これはやはりというか、ここまで各メディアで「W杯W杯!」と騒がしくされていたら、普段サッカーにあまり関わっていない人たちまでもが観てしまったって事でしょう。 同じ時期に、大リーグもゴルフもテニスも番組があったというのに、2人に1人がサッカーを観ていたってことになります。
今回のW杯のTVは、今年4級の資格を取っているので、審判的視点からも見ることができました。 それで言うと、確かに最初の中村のシュートに絡んでのゴール前の競り合いはファウルにも見えるし、イタリアの新聞が書いている駒野の転倒も不思議でした。
しかしどれも一瞬の出来事なので、主審はその瞬間瞬間でジャッジしています。 あとでビデオを見て何だかんだ言っても仕方のないこと.... FIFAは今回の大会の前、ボールにICチップを埋め込んでゴールか否かの判定に使おうとか、ビデオによる判定も導入してみようと検討したけれど、結局そうなりませんでした。 それくらいの曖昧さを残した部分で、それでも人間が持てる力を絞り出して、体当たりでぶつかっていく。 そういう部分がサッカーの面白さではないかと。
スポーツには「観て楽しむ」というものもありますが、やっぱり自分での体験があって、そのうえでの「あーだこーだ」というのが一番楽しいのと違いますかねぇ。(^。^)
息子が好きで見ているMNIMAXのアニメ「ケロロ軍曹」を、はじめて見てみました。(笑)
小5の息子がときどき口ずさんでいるこのアニメの主題歌が気になり、放送時間をちょっと調べて、土曜日に見てみました。(^_^;) 内容はどうってことのない(?)宇宙人侵略モノのドタバタマンガなんですが、画面内の演出に目が止まりました。
そこに登場するPC関係が、全てMacだったんですねー。(^_^)
カエル型の宇宙人が、人類を陥れるためのプロモーションビデオ(これもその効果は全くナゾですが)を制作しているアジト(?)で、PCラックで唸っていたのがG4系の筐体。 さらに編集用のメインマシンはG5が3台も並んでいて、どうやらこのアニメ制作会社のスタジオがそうなっているかの様な感じでした。
イマドキの事だからアニメ制作の現場ってのはそうなんでしょうけれども、普通なら簡単に箱型のPCっぽいモノを描いて終わり....な様な気がするんですが、この“アニメ作品”はそこまでこだわって制作されている、って訳ですね。(まぁ、言ってみれば筐体の形だけで「Macだ!」って判る方も判る方....ってな話ですが (^_^;))
映画やTV番組にPCが登場する所では、マニアックな人々が「どこそこのシーンのあの画面の隅っこにiMacが映っていた」といっている話を聞くし、NHK海外ドラマの長寿番組「ER 緊急救命室」でも、以前の一時期Macが登場していました。(主人公ノア・ワイリーがS.ジョブスの役で別のドラマに出た関係からか?)
もっとも、アニメ大好きな層は大概Windows遣い(偏見?)だと思うので、そんなアニメの端っこにチラッとだけ出てきたPCが何であろうと「関係ないね」って事だとは思いますが....ね。(^_^;)
今回BootCampが出てから、Macは名実ともにWindowsやLinuxすら動かせるマルチOS-PCになりました。
これはWindows搭載(....しか動かせない)の各メーカーPCに対して、ものすごく大きなアドバンテージとなるハズです。 Mac OS Xは当然として、Windows、LinuxなどのOSをnativeのスピードで(ここが大事!)動かすことができる事は素晴らしいことです。 ただひとつ、ネックになるのはその価格.... (^_^;)
最近PowerBook17インチを使っている友人が、その液晶を割ってしまい、やむなく修理に出しました。 いろいろ調べた結果、AppleStoreがいちばん安いということになり、約13万円を払って修理。
13万というと、そこそこのノートPCが買えてしまう金額だし、実際Appleでも出たばっかりのMacBookが射程範囲に納まります。 が、その友人は17インチをほぼメインマシンの感じで使いたおしていたので、画面サイズの関係から修理という選択をしました。
もちろんAppleも企業努力はしていて、一般向けのデスクトップ(iMac/Mac mini)やノート(MacBook)で、他のPCメーカーと充分競争できる価格帯の商品を提供してくれています。 もっとも、BootCampを使ってマルチOSにするとなると、WindowsXPを追加で購入しなくてはいけませんが。(^_^;)
MacTech Labの松田氏もこう書いています。
『Windowsが嫌いといった幼稚な話ではなく、自分たちの目的・目標を遂行する最良のツールがMacintoshだ....』『取扱説明書やプレゼン資料の作成ならびにその運用過程において同じマイクロソフト社のWordとかPowerPointといったツールがMacintosh版とWindows版の互換問題だけでなくWindows自身のバージョンの違いにより表示が違ってくることなどなど微細だが重要なトラブルにも多く遭遇しあらためて「Macintoshを使っていてよかった」と思った』と。
今秋出てくる予定の次期OS X(Leopard)では、マルチOS(BootCamp)が標準で備わりますが、このことで市場シェアはどの様に変わるのか?
やっぱり道具は“使いやすい”に越したことはない、ですよね。(^_^)
最近....というかここ数年、クルマのヘッドランプが様変わりしています。
何が言いたいかというと、街ゆくクルマのヘッドランプの中に、妙に“黄ばんで”いるのが目につくんです。
それも(言っちゃぁ悪いですが)国産の、車齢6〜7年のクルマが多い。 これはその素材が、いわゆるガラスではなく“強化プラスチック”のせいではないかと愚考するんですね。 ヘッドランプカバー(あるいはその周辺のウインカーレンズやドライビングランプまで)が、薄く色が付いたような感じで透明度が落ち、個体によっては中のバルブが見えにくくなっている程です。 そうなっているクルマは、T田やN産といったメーカーのいわゆるファミリーセダンやユーティリティービークルといった、「普段使い」のクルマに多いような気もします。
そのクラスのクルマではコストダウンは必須で、ヘッドランプの部品にもプラスチック製を多用して、コストを抑えているんでしょう。 プラスチック製だと、どうしても紫外線やその他の要因で劣化が起こり、黄ばみや透明度の減少になっているんだと思います。
このコストの問題は、クルマを“買いやすい値段で提供する”ことと“耐久性”という、相反する事柄が絡んでいて単純ではないにしろ、夜間に運転するのに必要充分な明るさを確保する....という安全性もあって、ないがしろにはできない部分だと思います。 ガラスだと衝突時に鋭い破片となって二次被害をもたらす、という事もあるとは思いますが、明るさを確保できない結果が“衝突”では、シャレにもなりません。(事故の要因はもちろん他にもあるでしょうけど)
乱暴な言い方だと「5〜6年しか乗らないクルマにそれほどの耐久性は不要だ」という話にもなりかねませんが、ロハスな今のご時世、そういう発想で有限な資源を食いつぶしていっていいのかな、と考えれば答えは明白でしょう。(ガラスはもちろんリサイクル可能)
このコストについては、30年ほど前にクルマのエンブレム(含グレードを示すバッヂ)が、軒並み立体的なメッキ部品からステッカーに変わった時期もあったりして、メーカー各社知恵を絞って、削れるところから削っていくという企業努力のタマモノだとは思うんですが、安全性の確保という部分にも、手を付けざるを得ない現状なんでしょうね。
いま新車として売られている多くのクルマでも、この部品が強化プラスチックではないモノは少ないと思います。 もちろん、今の部品素材が6〜7年前の部品と同じな訳もないし、耐久性は伸びているとは思いますが、ディスチャージヘッドランプ全盛でその明るさが6年後7年後も確保される、という保証はどこにもない訳で....。(^_^;)
ま、確かに先々のことをいま憂いても仕方ないんですが、気がついたところから改めていかないと、痛いしっぺ返しを食らうでしょうね。(苦笑)
松田純一氏のブログにあった「魅惑のAppleロゴ・シールとその変遷」という記事。
この記事に書かれているステッカーの他にも、アップル社やそれ以外から配給された、いろいろな種類のステッカーがありました。 私の所にも、松田氏の所と似たような種類を保存していますが、それ以外の2つがあったので掲載します。(^_^)
まず1つめは、裏から貼る左右逆タイプの6色アップルロゴ。 確か、20th Anniversary Macintoshが発表された時のMacWorld Expo幕張で、Appleブースにて限定(?)配布されたモノ。 2枚貰ってきて一枚は愛車のリアウインドウに、もう一枚はこうして保存してあります。
剥離紙の裏には「<あなたの車にアップルロゴを...>何回でも貼ることが可能です。跡もつきません」とあって、私の愛車も2代目で、問題なく貼り替えることができました。 太陽光線による色の劣化も皆無で、こういうステッカーはありがたいですね。(家内の軽に貼った昔の6色タイプは、劣化が進みひび割れてボロボロです)
2つめは、いつどこから貰ったのか定かではない(もしかして東京のMacな友人だったかな?)モノ。 透明の厚手(0.5ミリくらい)のビニールシールで、最初は赤/黒それぞれ2個ずつそろっていたものを、赤だけどこかに貼って失われています。
私の保管状態が悪く、ホコリの侵入やプラスチックの劣化も進んでこんな有様です。
こんな風に、製品のオマケや販促品として手に入れられるアップルロゴのシール。
他の企業でこんな企画をやっても、捨てられるかどうでも良いような所に貼られて朽ちるに任せられるか.... そんな風に考えると、ここまで愛されるAppleというブランドは、他に類を見ないということですね。(^_^)
構図はおろか、色彩まで同じとなると、もう「似せて作ったモノ」以外の何ものでもないでしょう!
昨日のニュースにあったこの事....「今春の芸術選奨で文科大臣賞を受けた洋画家の和田義彦氏(66)が、主な受賞理由だった昨年の展覧会に、知人のイタリア人画家の絵と酷似した作品を多数出展したとして文化庁が調査している」
そしてコレが2人の作品。(左:イタリア人画家/右:和田氏)
こりゃどう見たって贋作でしょう。
ある意味、描写の方法までここまで似せて描く、と言うのもひとつの技術だと言えなくもないけど、それが堂々と文化庁主催の賞をもらうなど、ふざけた話です。
そもそもこの和田氏という人物、66才にもなって「似た作品」と認めながら「同じモチーフで制作したもので、盗作ではない」とか言い訳めいたコト言って済むと思ってるの? 言うに事欠いて「比べて見れば、違う作品だとわかる」なんて、ヒトをバカにするのもホドホドにしないといい死に方しないぞ。(-_-;)
長いこと「先生、先生」って呼ばれて持ち上げられてると、感覚がおかしくなっちゃうのかなぁ。
文化庁のほうも「専門家の意見を聞く」なんて生ぬるいこと言ってないでハッキリ言えばいいのに.... 案外この和田センセイって、文化庁と“深い仲”だったりして。(笑)
こんな私だって、ひとの作品と似たものを世に出す(と言ってもごくごく狭い範囲の“世間”ですが)時は気が引けるのに、ここまで堂々とされちゃうとかえって文句付けづらいのかなぁ? 文化庁って言ったって、所詮は親方日の丸のお役人なんだ、てこと?(^_^;)
6/6追記:
その後の報道で、この受賞は取り消しになったそうで.... しかしこのセンセイ、「不名誉な取り消しではなく返上としたい」「返上願いを受け付けず、盗作ではないという主張も受け入れられないままの取り消し決定は大変遺憾だ」とか何とか、いまだに罪の意識がないのにも呆れます。
しかも....私の母校の教授を一時期やっていたとは!(-_-;)